(小説)

【砂壁の部屋】 デカルコ★マリィ賛が踊る 無事終了致しました!

有難うございました 小説FIXしました 前のはコトにしてください

【でめきん】【船長さんの息子】は工事中です

   砂壁の部屋

             上原 裕美

【1】

あっ金のお腹にはケロイドの傷があった。

ユカミは勝手におしゃべりな唇と名前をつけて可愛がっていた

あっ金の家から毎朝ニワトリの鳴き声が聞こえる。

ばあさんが飼っている歳喰ってひからびて黒ずんだニワトリ。

毎朝1回だけクケーと朝を知らせる。

あっ金がこの街を出て行った朝もクケーと一声挙げた黒ずんだニワトリ。

数年経った夜店の晩、子供がばあさんに預けられた。

染料で染められた赤いひよこと一緒に。

玄関脇の囲いの中のその二羽はそのまんま、その家に住むばあさんとその子みたいだと評判になった。

      

【2】    パチ屋まえにて

ゴト師のグループとお茶をしている。

嘘。開店前のパチ屋の列に並んで座り込み、缶コーヒーを啜ってる。新装だ。

本当は今頃、劇場でダンス公演のリハーサルに立ってるはずなのに。

「今日みたいな日に稼がんでどうすんねん」

とイサムにどやされて開店前のパチ屋の列に居る。

私もあばずれたものだ。

ヒトは環境で変わる

男は総じて大人しい女が好きだ。

高速道路のカーチェイスでダッシュボードの中から敵の車に投げつける武器をせっせっと手渡しする女を流石と言ってくれる男はそんなにいない。

「マルホンの新台に穴があって必勝法がわかったから抜きに行こう」

と誘われて昨日2時間で5万抜いた。閉店の合図が惜しかった。

必勝法は単純で升目に並んだデジタルの数字を足し引きして、決まったタイミングでハンドルについてるストッパーを押すだけ。

なのに計算嫌いのみんなには難解なものだったらしい。

「お前高校出てるから本ま凄いわ」

「ええっ ユカミさん高校出てんの!ビックリやなぁ・・・・」

と驚かれた。驚かれるコトにビックリした。

どこの高校だったか執拗に聞いてくる。私はイサムを恨んだ。

仕方なく 住所の地名がそのままついた、卒業した高校の名前を告げた。

「あぁ〜ん。○ジョかぁ・・」

と 同じ名前の私学の女子高と勘違いされて納得された。

その女子高はイサムが出た○○学園と同じく、叉はそれ以上にハードな校風で知られる学校だった。

次は中学時代へと話は進み、後はお決まりの地元談義。

友達の友達を知ってるというだけで喧嘩が収まったりする古いヤンキーの時代。

順番が回ってきたので仕方なく

「今里新地」

と答えると

「あぁ。あのハングル文字が溢れ返ってる街!!」

と言われた。

嘘!嘘!嘘!

確かに韓国籍の住人は多いけれど、私が子供の頃は街には芸者さんが居て、夕方、日本髪に髪を結った彼女たちが置き屋さんの自転車の荷台に粋に横座りして辻を疾走する、日本情緒溢れる素敵な和風の街だった。

「それ バブルの前でしょ!」

と言われた。

【3】

今里新地 トイレの窓から手を伸ばせば裏の家のベランダの柵に手が届いた街。

皆、家の大小、持ち家、借家に関わらす、自分のじゃない方を裏の家と呼んだ。

ベランダのビニールプールで水遊びする私を【裏】から盗み見ていた あっ金。

あっ金が見ているのを知っていて 水着の肩ひもをほどいた私。

私があっ金のTシャツの穴からこっそり指を入れてそのケロイドの傷をなぞった様に、あっ金もこっそり日焼けの跡をなぞったかしら?

【4】

あっ金は私の水着姿が好きに違いないという理由で中学になると水泳部に入った。思惑通りあっ金は、煙草を吸いながらいつもフェンスの陰にゆったり座って練習風景を眺めてた。

オフシーズンに水泳部の男の子が私をプールサイドに呼び出した日も ソコはあっ金のお気に入りの場所だった。

こんな処で告白されるのは困る。

私に最初に告白してくれるのは、あっ金でなければ困る。そう決めていた私は弱った。

どうしよう。

そのコの思い詰めた空気の重圧に耐えられなくて

「もういやッ」

と逃げ出すしかなかっった。 カラカラに乾燥したシャワーの枠を通り抜けるとあっ金が立っていて、お前の場所はここだ という風に両手をゆったり広げてた。

もうそこに収まるのが当然の様に飛び込んだ。

ヒトに抱かれると心地良い。子宮に戻ったみたい。

安心できる場所をみつけた。

身体を並べて、密やかにお互いのかさぶたをめくって犯していった。

はいだ相手のかさぶたを自分の身体にかぶせて重ねていった。

あっ金にはお腹に大きなケロイドの傷があって 唇の様に裂けていた。私はおしゃべりな唇と名前を付けて可愛がっていた。

口づけした時間はあっ金の唇よりも そのおしゃべりな唇との方が長いかもしれない。

小さい時に怪我をして 夜店の晩にひよこ釣りのひよこと一緒にばあさんの家に預けられたあっ金。

私だけが知っているあっ金のおしゃべりな唇。無口なあっ金の代わりに その唇と色々お話をした。

唇はどう思ってるの?と訪ねると あっ金が決して話さないコトも

「おしゃべりな唇がそう思ってる様に感じる」と あっ金の唇が答えてくれた。

世紀の大恋愛だったはずだったけど大人の反対なしにあそこまで盛り上がれたかどうかは今では判らない。

絶対に一緒になれないという悲劇的な考えが、普通の恋を世紀の大恋愛に変えてしまっただけかもしれない。

あっ金は先にそれに気がついたから あほらしくなって日本人が入学できない学校に行ってしまった。

そう思う事にしてる。

あっ金が街を出て行った朝ニワトリはクケーッと鳴いた。

あっ金 金あきら。

彼は在日韓国人だった。

【5】

あっ金を失った私は、何もかもにヤル気が失せた。

こんな事ならもっと傷つけて去ってくれれば良かったのに。

この街では中学にあがったら暗黙の了解がある。

大人たちから無言の圧力をかけられる。

普通のお友達なら良いけど 特別なおつきあいは・・・ 

親戚付き合いもできなくなるのよ・・・って

子供が中学なら親もまだ若い。

身体一つで死んで行く時 何人かだなんて何の問題でもないのに。夢と希望がありすぎて何が一番大事なのかまだ見えない。

お互いが正しく愛し合っていれば人種や職業や年齢、性別でさえホントに何の問題もないのに。

あっ金が消えても部活に没頭できる間は良かった。

とにかく泳いだ。泳いで泳いで泳ぎまくって自分をごまかしていた。

あっ金はもうみてくれなかったけれど、記録だけは伸びた。

授業中ふらふら他の教室に行ったり、他の学校の男の子と遊んだり

掲示板に貼ってある習字や絵に火をつけたり、体育の時間クラスメートの筆箱から高価なペンを盗んだり、財布や生徒手帳からお金を盗ったりしなかったので実力以上の内申を貰い、高校は進学校へ入学した。

もう本当に何もかもヤル気が失せていた。

ヤル事がないので泳いでた。泳いでる間だけ淋しくなかったから。

水に包まれてるとあっ金に抱いてもらってる様に錯覚した。その感覚にひたりたくて疲れ果てるまで泳いだ。

最後まで私を貫けなかったあっ金の気遣いを呪った。

不良のお姉さんが

「最初のヒトは、自分が思ってる半分くらいの値打ちしかないと思わなあかんよ。哀しいかな、女の子は最初の男に物凄い下駄履かせて見てまうねん」

と教えてくれた。

【最初は物凄く選んで、後は思いきり楽しもう】という密やかな私の計画は狂った。

高校を卒業していよいよ泳ぐ必要が無くなった時、虚無感が私を取り込んだ。

「自殺するなら命を私に頂戴」

とさえ思っていた時もあったのに 自分の命さえもう要らない。

途方に暮れた でも自殺する気力さえない。

【6】

そんな時ライブハウスのバーカウンターであの曲が流れてきた

【パティ・スミス】

指先にハトを載せて大きな瞳で私を睨んでいた

意思を持った力強い瞳。脇毛が生えてるから男だと思い込んでしまった自分の愚かさを呪った。音楽がヒトを救う事が或るのだという事を初めて知った。

【フレデリック】カラカラに乾いた心と身体にその音楽が染み渡り、少しづつ水分を取り戻していくのを感じだ

何度も聞いて何度も泣いた。

もうちょっと生きててみようかな そんな気になった。

トウシューズを履いてみよう。

子供の時、トウのクラスまで続けられなかったバレエのレッスンを始めた。

お上手をしてくれる 教室で良かった。

目的はトウを履く事だけだったから。

ひざの裏が伸びてなくたって、重心が上がってなくたって構やしない。

とにかくもう大人なんだから お上手いって 適当にトウ履かせて気分良く踊らせてくれればそれで良かった

なのに、たまたま選んでしまった教室はダンサーが身体を直す為にバーレッスンを受けに来るスタジオだった。

厳しい・・・

結局トウは履かせてもらえなかったけど、バーを受けてる時はもの凄く自分に集中する事ができた。自分の内側へ入って行って、自分で自分を満たすコトができた。寂しくなかった。

漫画みたいに綺麗な体型の舞踏家に誘われた。

自分のカンパニーに入らないかと。

その瞬間、私の人生の次の扉が開かれた様な気がした。

扉は自分で開けなければいけないものなのに。

【7】砂壁の部屋

レッスンを続けながらサ店でバイトするうちにお客のシゲルとつき合う様になった。

シゲル 事務所住いの若い衆 悪い友達はサ店からだ。

新聞屋の勧誘がしつこいから一緒に居て欲しいとリョーコに頼まれた。

リョーコ シゲルの後輩で、田舎から逃げてきた女のコ。

シゲルもリョーコもボウリングが上手かった。田舎の不良はボーリングが上手い。車と女とボーリングしかする事がないから。

一緒に輪姦された友達が少年達を訴えたので、仕返しが怖いから逃げてきたって、そんな事めずらしくもない事だといわんばかりにテンション上げずに話す。

18歳の若い娘が、姐さんの世話で砂壁の部屋に住んでいる。

姐さん。茂の組の兄さんの奥さん。

砂壁の部屋 木造、違法増築の果ての5階建て。道路に面した1階 窓を開けたら覗かれ放題の4畳半。

表からは決してその全容はわからないけれど迷宮の様に入り組んだ不思議な建物。物干しに辿り着く迄に何回も階段を上ったり下ったりする。上に行きたいのに 上に行くために何回も上がったり下ったりしなきゃいけない。人生そのものみたい。

砂壁の部屋に床の間がしつらえてあるところをみると、元々は大きな戸建住宅を無理矢理1部屋単位に区切って賃貸アパートにした感じ。水しかでない水道、それを受ける30センチ巾のタイル貼りの流し。風呂なし トイレ玄関共同。個室はカチャリ錠。とても10代の女の子が安全に住める部屋ではなかった。

窓から新聞の勧誘の少年が部屋を覗くのだという。

磨りガラス越しに顔をくっつけて中を覗こうとしたり、窓をたたいたり、昨日は一緒に部屋へ入ってこようとしたという。

暑くて窓を開け放してるところを覗かれてつけ込まれたに違いない。

夕刊の配達が終わるのを待っていると 小柄で痩せた金髪の若者が自転車で乗りつけた。

「きたッ」

リョーコが身構える。若い男は靴を履いたまま膝をついて玄関から身を乗り出し リョーコの個室をノックする。

「どちらさんですか」

と返事したら、斜めになって自転車と一緒に逃げてった。何だか拍子抜けた。逃げちゃうなんて。おっさんと思われたかも知れない・・・・九州の女の子が羨ましかった。

「なんばしよっとね!」

怒っても可愛い。

家族で九州から出て来た料理屋やってるコの家に泊まらせてもらった時、夜中3時過ぎに泥棒が入った。水を飲みに 板場に降りた彼女は暗がりで人影を認めて

「なんばしよっとね!」

と叫んだ。その声で起きた家族全員で泥棒を捕まえた。

「なんばしよっとね」

は迫力があって可愛い。

「どちらさんですか」

はまるで可愛くない

面倒な事になるかもと少し構えていたのに簡単に解決した。

あまりにも簡単だったので また来るんじゃないかと思ったけれど 金髪の新聞屋は二度と来なかった。

リョーコは毎晩ホステスのアルバイトをしているのに 月8万しか貰ってなかった。19時から25時まで毎日働いて手取り8万。有り得ない 今だったら超ブラックバイトだ。

未成年だからまともに夜の店で働けないとか、アパートの敷金出してもらったから仕方ないとか言っているけど、一体この部屋の敷金がいくらだっていうのだろう。

シゲルの兄さんの奥さんの手前 強く言えないけど、

「求人誌をよく読む様に」

勧めた。

「クーラーの効いた部屋で好きなだけぼーっと寝ていたいんよ」

がリョーコの夢だった。

クーラーも扇風機も、開け放てる窓もないリョーコの部屋。

ダンサー志望でレッスンを続けている私に

「ユカミさんの夢はダンスやろ。ええねぇ綺麗な夢があって。私の夢はクーラーの効いた部屋で好きなだけぼーっと寝る事なんよ」

と教えてくれた。

リョーコの夢の方が不純な動機で始まった私の夢よりよっぽど綺麗な夢だった。

リョーコの暮らしはきつかった。

8万から3万の家賃を払い残りで生活する。水商売の意味が無い。

炊事場がないので自炊できない。洗濯機がないのでコインランドリーを利用する。

毎晩汗だく、日中も汗だくなので出勤にぎりぎり間に合う時間に風呂屋へも毎日通わなければいけない。食べたいものも食べられない、生活費に事かく毎日。

ファンデーションだってマックスファクターの一番安い1400円のパンケーキを下地なしで肌に直塗りするのだ。

そんなある日、姐さんには内緒なんだけれどと相談をもちかけられた。

「店のお客さんに売春クラブをやってるヒトがいて誘われてるんよ。ピン跳ねも少ないし イヤやったらすぐ辞めて良い言うてるし何より女の子の事を一番に考えるシステムやから お客さんも信用できる人ばっかりやから どう やて・・・」

反対はしなかった。

ただリョーコが更に搾取される事がありません様にと願った。

今は若くてきれいなコが安く身体をひさぐので、相場が下がったと聞いてるけれど、当時は3万円。3万円が相場だった。特別きれいだったり、若くなくても【普通の女】を売るのに3万円。

その店はお得感出して2万5千円ということだった。

事務所の利益、運転手の男の子のバイト代、その他経費を差し引いて1回現場に向かうと女の子には1万6千円が手渡されるとの事だった。

彼女の砂壁の部屋の床の間に大きなプラスチック製のビンが置かれた。駄菓子屋でイカのみりん漬けなんかが入ってるやつの大っきなの。

三万円を一個にした三角形の塊がみるみる溜まっていった。

若い女が身体を売ると、非常にカンタンにお金が溜まるというコトを見せられた。

「こっちで稼いだお金は、無駄に使わんと貯金するねん。千円だけ自由に使って1回1万5千円づつ貯めてくねん。

好きなヒトもできた!アキラさん。お腹に傷があるねん。いつか一緒に住めたらいいな」

とビンのカーブを撫でた。

どんな仕事もヤルからには仕事としてプライドを持てと言われて 自信が持てたのだそうだ。

お腹に傷のあるアキラさん。 まさかねとあまり考えないコトにした。                

8万円のスナックも辞めたわけではないからおそらく昼間、または深夜にこの瓶の中の三角形は1個で二人を相手にした結果という事になる。

短期間に 60人以上が彼女を通過して行った。

見たところ、怪我もないし ちゃんとしてる様だった。

色んなものを求めてヒトはそこに群れる。

奪う性 愛し合う性 自分の魅力を確かめる性。

リョーコは18歳。美人じゃないけど血管が透ける程の白い肌と豊かな胸。肌はすべすべで弾力を持って光っていた。

惨めに食べたいものも食べられず、地味に落ち込んでいるよりはずっと良いと思った。

リョーコの砂壁の部屋から100万は裕に溜まったプラスチックのビンが盗難にあったりしない事を祈った。

数日後、若い女が身体を売るということもそんなに容易くないことが証明された。

糜爛(びらん)だった。

セイキがただれた。こんな世の中だもの。神聖であるべきセイキもただれる。

性病専門のお医者さんがあるからつきあって欲しいと頼まれた。若い男がたくさん、待合で順番を待っていた。皆悪さがばれたいたずらっ子みたいにうつむいてお行儀よく腰掛け並んでた。私達が入ると一斉にこちらを見た。

ギョッとした

「こちらへどうぞ。」

とすかさず看護婦さんが声をかける。女性の待合室は男性と分けられていた。

「なんとか糜爛だって。しばらく仕事できへん」

と診察を終えたリョーコが残念だけど安心した様な声でつぶやいた。

よくある病気で薬と時間経過で比較的簡単に治るらしい。

「良かったね」

と安心祝いで一緒にお好み焼きを食べた。

自分という働き手が減ったのでリョーコはスカウトに熱心だった。

私を誘うし、友人も紹介して欲しいとねだる。良かれと思って中学時代の友人に声かけしたら、そのコは大層乗り気だったのに その子の友だちにめちゃくちゃののしられてダメになった。

良い友達を持っている。

私は怒ってまで反対なんてしない。

本当に悪いことだという自信がないので強く反対できない。

なぜこんなにも熱く自信を持って売春反対を訴える事ができるんだろう?その事が不思議で仕方なかった。

【良いか悪いか試してみるか!】

という気持ちでリョーコの病気が治った日、一緒に売春クラブの事務所を訪ねた。

このごろではすっかりお金持ちになったリョーコは

「日本一の交差点まで」

とタクシーを止めた。

日本一が日本橋1丁目を指すという事を知ったのは、車が止まった場所が日本橋1丁目の交差点だったから。

なんだかしらない間にリョーコは私以上に別の領域の大阪の街を知っていた。

地味な7階建てのマンションの1階にその部屋はあった。小さい2LDKの部屋。

路地を入ってそのマンションの入り口に辿り着く。

後で知ったけどそのマンションには3つ出入り口があった。

逃げる時、出口はたくさんある方が良い。

【8】

部屋の入り口には女性モノの履物がたくさん。

入ってすぐのキッチンは食卓が置かれたきりで電気も点けずにうす暗かった。左手奥のオレンジのカーペットの部屋で女の子達が低い丸テーブルを囲んでた。

キッチンの奥の、カーテンで目隠しされた部屋へ

「連れてきましたよー」

とリョーコが声をかけると

「待っといて。 レーコーでええか?」

と中から男の声がした。

確かめる様にリョーコが振り向いたので私はうなづいた。

出会った時、リョーコはレーコー=アイスコーヒーだという事を知らなかった。大阪のサ店ではその頃アイスコーヒーをレーコーと言っていた。カフェなんてなかった時代。喫茶店の時代。

オレンジのカーペットの部屋は6畳くらい。

私たちが入って行くと自然なスペースを空けてくれた。親切だった。

ピンクのミニのスーツを着た 華やかなお化粧の御姉さん。

赤いベルボトムのストレッチジーンズを履いた赤毛のスレンダーな女の子。

ゆったりしたデニムのワンピースを着たかなり太めの彼女。

部屋に入るまで気付かなかったけれど に白いTシャツに濃いデニムを履いた若い男も襖の影に隠れる様に座ってた

当時まだめずらしかった携帯電話で

「オレは大丈夫やから、気にすんな。お前こそ気ぃつけろ。あいつら頼んだぞ。うん。うん。・・・・・」

大事なヒトに別れを伝えてる。

皆 別の次元に居るみたいに知らん顔してる。。雑誌をめくりながら、ネイルを直しながら、知らん顔してた。絶対 聞こえてるのに。

「じゃあもう切るわ・・・・判ってるっ・・・」

と電話を切った。

「社長!いやぁ危なかったですわ。丸太で扉突きよるんやさかいかなわんわ。3階。3階から樋伝って飛び降りたんですわ」

と若い男は灰皿を差し出した。

薄いベージュ色のスーツを着た年輩の男が灰を落とした。

「難儀なこっちゃな」

と答えながら私をチラ見した。この人が社長か

「ほな行きますわ。ありがとうございました。」

と若い男はアイスコーヒーをズズズと飲み切り出て行った。

丸太の映像を私はおとついのニュースで見た。

風営法発令後、初めての取り締まり強化週間だった。その部屋はホテトルの基地局だと言う事で機動隊が数人がかりで丸太を抱えて赤いスチールのマンションの扉を突いていた。

赤い扉に丸太。印象に残るニュースだった。若い男は手入れから決死の脱出に成功した逃亡者だ。

トルコ風呂からがソープランドへと名称が変わったその時、マントルやホテトルの事務所も一斉に手入れを受けていた。

嵐が過ぎるまで暫く大人しくしていなければならない。

出前のアイスコーヒーがきた。

礼も言わずにリョーコが飲みはじめる。

まるで、ここではこんな時に礼をいうのは却って失礼であるかの様だった。

さすがに同じにはできないので

「ありがとうございます」

と言ってからストローを挿した。

壁際の小さな台の上に電話が3台並んでた

緑と黒と白。

緑色の電話が鳴った。社長が出てメモを取り

「次、誰やっけ?」

と女のコ達に聞いた。

太っちょのデニムが手を挙げて社長からメモを受け取る

デニムがメモを見ながら電話をかける。

「・・・連れが○○号室にいるんですけど居てますか?」

「○○号室に何々様というお客様いらっしゃいますか いうねん」

ピンクはデニムの電話対応が気に入らない様だ。

デニムは意に介さずといった感じで、もぞもぞ支度してマンションを出て行った。

「ホンマァあの子気に入らんわ。しゃべりがなってない」

とピンクは怒っている。

社長が3台の電話を挿して、それぞれ

「緑は今みたいな常連さんからかかってくるやつ」

「白はホテルからかかっつてくるやつ」

「この黒は発信専用に使てるやつ お客さんの確認用。この黒の着信は出たらアカンで。でたら逃げるで。まぁかかってくる事ないけどな」

と説明した。

女のコたちは皆別の店のコ子なのだけど今、規制が厳しくて営業自粛してるから、ここで日銭を稼いでるという事だった。

白い電話が鳴った。

社長が再びメモを取り

「リョーコちゃん行くか?」

と訪ねた

「今日は来てるから」

とリョーコが私をゆび指した。社長はうなづいた。

デニムが帰ってきた。30分も経ってない。

「はやっ!」

「めっちゃ早いな」

「ホンマにやったんか」

という無駄口の中

「ふふふっ」

とデニムが社長にお札を渡した。

「はい ご苦労様です」

と手渡されたお札を数えてその中からから数枚をデニムに返した

「自分どうや」

「うち今日生理ー」

とピンクが答える。

「弱ったな・・・あーあかん 彼女は生あかんねんなぁ・・」

とちらりと赤毛のベルボトムをみたけれどベルボトムは知らん顔。

「連続やけど 行けるか?」

とデニムに訪ねた。

「はい」

とデニムが出て行った

「あー こんな時にナリコみたいなコがいてくれたらなぁ・・・・・」

惜しそうに 実に惜しそうに社長は息を吐いた。

【9】

わたしはドキリとした。蛇の道はヘビだ。

私はナリコを知っている。

不自然なヒトには不自然な事情があるのだということを思い知った。海水浴を覚えている。

和歌山の海岸沿いの街。

シゲルの組のおじきさんの好意で私も一緒に連れて行ってもらった。

おじきさんとその奥さん。シゲルとモヒカンと私。

レッスンのあった私は後から現地に乗り込んだ。

総勢5人と聞いていた私はモヒカンが色白のキレイな女の子と一緒なのをみて感心した。

いつも彼女を紹介してと言っていたモヒカンが、女の子を連れている。

これでみんなカップルだと少し華やいだ気持ちになった。

民宿の食事は早い。夜食のおにぎりをおじきさんが頼んでくれた。食事の時一緒にいた姐さんは夜食の時、居なくなってた。

みんなカップルだと思ってたのにおじきさんは一人になった。姐さんは里帰りして又明日戻ってくるとシゲルから聞かされた。

おじきさんは決して迎え入れられる事のない彼女の実家の傍で毎年、ゆったりとしっかりと同じ夜の空を共有する

美人ジャズシンガーに似た姐さんの哀し気な様子のワケを知って心が痛んだ。

「お前、あの女何も言うてへんかったか?」

とシゲルはモヒカンの彼女に好意的でなかった。

私の荷物を見て

「普通、海にくる言うたら準備してくるやろ。お前の荷物みたいに。あの女あんな小さいバック一つきりで何考えとんねん。何も持ってきてないから 買い物行きますいうて昼間駅前のニチイ行って服買うてきたけど それ迄何着てたと思う?・・・スーツとハイヒールやぞ」

と一向に彼女を受け入れる気持ちのない言葉を連発する。

確かに食事の時、彼女の持っていたバッグは海水欲にふさわしくない、当時水商売の若い女の子の間で大流行してた、ハードタイプの小さいバニティケースだったけれど、誰もが皆、海水浴に行くために新しいバックを買うわけではないので別に気にしていなかった。

とにかくシゲルは眠るまで

「おかしい」

を連発した。

翌朝目覚めると男連中は居なかった。

早朝から釣りに出かけたという。いつの間にそんな話になってたんだろう。シゲルが起きて行ったのを、私は全く気づかなかった。

皆と一緒に目が覚めたというナリコが教えてくれた。

ありがたくも私の朝ごはんのお膳が広間に残されていた。

先に食事を終えた彼女は私を待つともなく同じ広間でただぼんやりと時々車が通る地味な国道を眺めてた。

お茶をすすりながら私達はお互いの名前さえ知らないままだったと笑いながら自己紹介した。

自己紹介といっても名前を教えあっただけだけれど。

昨日の食事や今朝のご飯、どこまで釣りに行ったのだろう?なんて当たり障りのない話の間を見つけては、

「ふぅ」

とため息をついて

「電話をしないといけないの」

とナリコはしきりに訴えた。

「帳場で借りれば?」

と当然の様に答える私に

「ここからは電話できない」

と困ってみせた。

 鈍い私はその理由が何なのか、全く想像できないでいたけれど突然、

「お金がなくなったの」

「誰だか判ってるの・・・」

「モヒカンさん・・・・」

と切り出した

私はシゲルの話を思い出した。

「事務所で、時々盗難があるねん。多分。モヒカンやねん。でも俺は誰にも言わへん。モノ盗られんのは盗られる方も悪いから。俺が気ぃつけたらええだけや。それよりもあいつは絶対ヒトの悪口言わへん。俺は誰でも一つだけでも絶対的に良いとこ持ってる奴は良いと思てるねん。」

でも 彼氏なのに。

一応金額を聞いてみた。

6万円。

大金だ。そんな大金失ってナリコは大丈夫なのだろうか?

時間をかけてゆっくりと遠まわしに少しづつ、実はお金よりもっと深刻な問題がある事を告白した。

本当はモヒカンは彼氏ではない事。彼氏じゃないけど好きなヒトは別にいるコト。

「アキラさんていうの」とのろけた。

アキラさん。リョーコの好きなヒトの名前と同じだった。

アキラさんって言った時、リョーコと同じ何とも可愛い表情をした。

「アキラさん 子供の時の怪我でお腹に傷があって ・・・・・事務所に置き去りにされた子供を引き取って面倒みてあげたり 優しい人なの」

だそうだ。

でもって 自分はホテトル嬢でモヒカンとは昨日あったばかりで ホテルからここまで直接来る羽目になってしまった のだそうだ。

事務所はきっと大騒ぎ。

必ず終わったら電話を入れる事になってるのに、昨日はその電話さえもしていない。

大変なコトになるかも知れない。

帰ろうとしたら突然結婚してくれと言われてここまで連れてこられた のだそうだ。

モヒカンが暴力でナリコをしばりつけていた様子はないけ

れどナリコは強く誘われると断れない性格なのだ。強い意見を持つ方へただ同調してしまう。

面倒臭いのだといった。

自分で考えたり、決めたりするのはたまらなく億劫なのだそうだ。

今までそうして生きてきたし、これからもそうするって。

ただ、電話しないといけないと判ってるし おじきさんの息のかかった民宿から不用意な電話もできないという判断力も持ってる。

けど隣の喫茶店にさえ一人で行くのは面倒なのだ。

こんな大層な秘密よりも面倒臭い方が彼女の中では勝る

とにかくナリコを喫茶店に連れてった。

田舎の国道沿いの喫茶店にどんな電話があるのか知れなかったけど、とにかく行って見ることにした。

ナリコはついていた。

喫茶店に電話はなかったけど、表に公衆電話があった。

一本足の支柱の上にBOXのついたやつ。

ナリコは大変ぽっちゃりしてるのに太っているという印象を与えない。

胸もお尻も太ももも、ふくらはぎや足首でさえ、ふくよかに肉がついているのにその肉つきは、ただただ女らしかった。

透ける様な白い肌と 茶色いアーモンド形の完璧な目。けどその瞳はうるうるしていて彼女の存在そのものだった。

朝釣りから戻った男達を何事もなかった様に迎えて

海水浴に行ったり 船を出してもらったりして一日が過ぎた。食事をすませて、夜食を頼み風呂に入る。

おやすみなさいと挨拶して皆昨日と同じ部屋へ戻って行った。

田舎の夜は早い。おじきさんのいびきが響いている。

昼間の衝撃的な出来事をシゲルに話していいものかどうか迷っていると、

ブーッ、ザッ。ブーッ、ザッ。

と車が2台 宿の前の砂利石を鳴らした。

そしても一つ、

ブーッ、ザッ。

こんな時間に合計3台車が停まった。

続いてキンコンキンコンキンコンキンコンと玄関のセンサーが鳴り続いた。宿に響く足音。

こんなに音がしてるのに誰も起きてくる気配がない。

足音たちは迷う事なくモヒカンとナリコの部屋へ向かった。

静かな怒声、ナリコのすすり泣き。ひそひそ声のオトコ達。

シゲルはピクリともせずに眠ったふりをしていた。

こんなに騒がしく人が上がってきたのに起きていないわけがない。

服装とバックをみただけで怪しいと思っていたのに、今まさにその怪しい時なのに、気づかないわけがない。

けれどシゲルはピクリともしなかった。

おじきさんのいびきも響いた。

20分程度ひそひそ会議が続いて、再びキンコンキンコンキンコンとさっきとは逆にヒトが流れた。さっきより1つ多いはずのキンコンを私は聞き逃した。

ナリコのサヨナラを聞き逃してしまった。

ブーッ、ザーッ。

ブーッ、ザーッ。

ブーッ、ザーッ。

車は去っていった。

さよなら。

と国道を走り去る車の音を聞こえなくなるまで必死で追ってみた。

車が去ってもシゲルはピクリともしなかったし おじきさんのいびきもが止まなかった。

翌朝、広間に朝食を食べに行くと、モヒカンもおじきさんも既に起きていて

「おはよう」

と迎えられた。

「彼女は用事があって先に帰ったらしいわ。な。」

とおじきさんが言った。もう何も聞いてはいけないよという合図だった。

「はい。」

とモヒカンが恐縮していた。

その時のナリコに違い無かった。

大層な売れっ子だったそうだ。

【10】

さっき出てったばかりのデニムが1回目より更に早く戻ってきた。

何事!と見つめるみんなに

「さっきと同じお客さんやった」

と笑えない話をした。

「こっち来てんか?」

と社長にカーテンの向こうに呼ばれた。

「リョーコちゃんから大体聞いてる?」

「売れそうなコやなぁ」

「名前決めやな 源氏名 店用の名前や」

と言われて

「あきら」

と男でも女でも使える、前からカッコいいと思ってた名前を言った。

「う~ん こういう商売はな 女のこらしい名前がええねん」

と却下された。

「【アキナ】はどうや?。ここに名詞ある。ホラ名前書いとき」

と店の電話番号の印刷された空の名刺とマジックを渡された。

「いややったら来んでええし、いつでも好きな時な。コーヒーだけ飲みにきてもええし、ほんま無理なことはさせへんから うちは。・・・・・・どうする?次かかってきたら今日一辺行ってみるか?」

「・・・・・・・・・・・」

「服もな こういう商売は女らしい方がええねん。そこの服どれでも好きなん着てええから」

とハンガーラックを挿した。

柔らかい感じのワンピースとタイトなスーツが数点吊るされていた。

「どれ着ても何回着てもクリーニング代取ったり、レンタル代取ったりせえへんから。1回行って1万6千円。さっきみたいに何もせんとすぐ帰ってきた場合は違うけど。まぁ滅多にない事やから。どうする? 一回行ってみる?」

「・・・・・今日は辞めておきます」

という言葉が口からでた。

ナリコにそう喋らされたという気がした。

ナリコの話が出る迄は私は売春の何たるかをを身をもって確認する気でいたのに。

「タクシー代」

と言って社長が1000円くれた。

自筆で【あきな】と書かされた名詞も渡された。

「いつでも好きな時にきて」

「はい」

それが社長と交わした最後の言葉だった。

じきシゲルと別れる事になった私は同時にリョーコとも疎遠になってそれきりもう二度と二人にあう事も、そのマンションを訪れる事もなかった。

【11】

リョーコが、好きな人ができたと言っていた アキラさん。

ナリコも恋人じゃないけど好きなヒトがいると言ってた アキラさん。

お腹に傷のある 金アキラさん。 あっ金に違いない。

私が愛したケロイドの傷。

勝手におしゃべりな唇と名前をつけて可愛がってた

あっ金は一体どの様に彼女達を愛したのだろう?

私はそのケロイドの傷を一番先に舐めたのに、置き去りにされてしまった。

それから第二の人生の扉が開いたはずなのに

ダンスのリハーサルじゃなくてパチ屋の列に並んでいる。

行かなきゃ。

リハーサルへ行かなけりゃ。

行かなければと思うのだけれどつい居心地の良さに負けてしまう。SEXと食事と遊興の繰り返し。

どんなに必死で重なっても決して一つきりにはなれないのに。決して、決して、決して 絶対。

人間は孤独なのだ

余り玉でもらう新聞の三面に記事をみつけた

【昨夜フィリピン マニラの下水道で発見された日本人男性と思われる遺体は身体的特徴から大阪市在住の 金アキラさんにほぼ間違いないと思われ・・・】

あっ金だ。

この記事をリョウコは見てるだろうか?

ナリコは?

悪意に満ちた記事 ろくでなしが死んじゃった風な記事

・・

伝えなければ。

坊やに。あっ金の息子に。

父さんがどんなにか女のコの支えになっていたかを

女のコが父さんの事を話す時、どんなに可愛らしい表状を浮かべていたかを。

でもどうやって?

あっ金に抱かれた事もない私がどうやってこの事を伝える事ができるんだろう。しかも子供に

    【おしゃべりな唇】

用水路 男が倒れてた

ピストルで 撃たれて うつぶせ

腹から血が ドロドロ流れてた

男のわき腹 ケロイドの傷

「Are you OK?」

と 男に訊ねた。

二人は一緒、 一生 一諸 

ずっとずっと一諸

誰も知らない 言わない 知らせない一生

用水路に 落ちた 宝石箱

男の大事な 婚約 指輪

キレイな格好の スカした女が

自分の指にはめてった

「ARE YOU OK?」

びっこの男がやって来て

ズボン脱がして 財布盗んで 持ってった

「ARE YOU OK?」

立派な服着た紳士が

酒に飲まれてふーらふら

顔をまたいで ぶーらぶら

男におしっこかけてった

「ARE YOU OK?」

そこへ 降る 恵みの雨

流れる PISS

透ける SHATU

光るゴールドの首飾りめがけ

黒い からすがのしかかる

「ARE YOU OK?」

其処にきた 傷だらけの少年

細い足 細い腕で

黒いカラスを追い払い

首飾りを 持ってった。

「ARE YOU OK」。

男は静かに笑います。

ふふふ ふふふ と笑います

両目えぐられた野良猫が ミャーミャー言って寄ってきて

男の脇に踞る

銃創からの 暖かい 血で暖を取る

「ARE YOU OK?」

「ARE YOU OK?」

「ARE YOU OK?」

「ARE YOU OK?・・・ ・・・」

======================

数日かけてユカミは下手くそな絵本を書き上げた。

あっ金の息子に届けに行くと、街はハングル文字で溢れかえっていた。

あっ金のばあさんが住んでた場所は韓国あかすりエステの細長いビルになっていた。

ニワトリの囲いがあった場所には大きな青いゴミバケツ。

片目を潰したノラ猫が汚水を踏んでてニャーと鳴いた。

あかすりエステの屋上の犬小屋で今朝もクケーと私が鳴いた事をユカミは知らない。

何にも知らない。

十九歳のユカミは何も知らない

FIN